お辞儀の形にこだわる理由


お辞儀のつもりで、 肘を張ってお腹を押さえるポーズがあるじゃないですか。

あれがとても気になって、「それはお辞儀ではない」と、いつも心の中で思います。

なぜ私はそこまで気になるのだろうかと思っていましたが、先日、お店の人と話していて理由がわかりました。

そもそもお辞儀とは

頭を下げつつ利き手をおさえ、「敵意はないですよ」ということを示すもの。

それでいえば、頭を下げて利き手を押さえているから、手の位置がお腹にあってもお辞儀といえます。

しかし気になる。
なぜ肘を張る 。
なぜだ。

そういう話をお店の人としていて、こう言われました。

見えるようにした変化形という説

「カウンターが高いと、手元がお客様に見えない」

「 頭を下げつつ、手元を見せる形としては不自然でない」

「 言葉と同じように 、姿勢も時代の流れで変化するものでは」

手元が見えなくても、肩の形から手元がどうなっているかは、何となくわかります。

礼儀が見てわかるようにという、思いからくるものとすれば、気持ちはわかります。

しかし「それもそうね」ではなく、「 本意に外れるから変えてはいけません」と断言してしまいました。

なぜかしら。

肘を上げたらノーガードではない

思い出したのが、ボクシング。

漫画『あしたのジョー』でおなじみの、あの両腕を下げたポーズです。

両肘が高い位置にあると、すぐ攻撃をとれる姿勢になってしまいます。

それに、あの姿勢では頭を下げる低さが限られますよね。

深々はもちろん、ペコリの手前、ペコぐらい。

お辞儀が形骸化して、お辞儀ではなくなっています。

気になっていたのは、そういう理由でした。

伝えたいなら笑顔でいいじゃない

お辞儀というそもそもの意義からすると、まず頭の位置

次に両手の位置、そして手元の形となります。

この理屈でいえば、頭をある程度は下げれば十分伝わるはず。

もっといえば、笑顔で十分伝わりますよね。

無表情で、非ノーガードのお辞儀をするより、断然。

それに、笑うと自分の気持ちも明るくなります。

まずは自分から心がけよう〜。😊